歴史

明るい雰囲気の誓安寺ですが、じつは名作「曽根崎心中」にも登場する、とても歴史の古いお寺です。

大阪市天王寺区にある誓安寺は浄土宗の総本山、知恩院の末寺です。江戸時代初期の元禄・享保年間(1688―1736)に、京都の知恩院と東京の増上寺が、全国の浄土宗6,000余寺をアンケート調査しました。

その調査結果である「蓮門精舎旧詞」には、誓安寺は安土桃山時代の天正年間(1573―1591)に、覚蓮社心譽上人正阿盛順大和尚により開山されたと記録があります。

元禄元年(1688)辰歳増補大坂図にある誓安寺(水色)。右に大坂城、左に四天王寺も見えます。(大阪市立図書館蔵)
元禄元年(1688)辰歳増補大坂図にある誓安寺(水色)。右に大坂城、左に四天王寺も見えます。(大阪市立図書館蔵)

宝永7年(1710)には第5世住職信誉上人が、現在も残る観音堂を建立し、十一面観世音菩薩さまがまつられました。

江戸時代は大阪の寺社仏閣を廻る「大坂三十三観音廻り(めぐり)」が大人気。誓安寺の観音さまも第十五番札所として、大勢の巡礼者をお迎えしました。その人気ぶりは、近松門左衛門の人形浄瑠璃「曽根崎心中」にも登場するほどです。

こちらのページでは「曽根崎心中」で誓安寺が登場する床本や、当時から誓安寺におられる十一面観世音菩薩さまのお姿をご紹介しています。

同じく江戸期には、華やかな本堂も建立されました。浮世絵の影響を受けた壁一面の絵画や欄間は近年修復され、当時のような壮麗な空間が広がっています。

江戸時代の重厚で華やかな雰囲気と、洗練されたデザインが交わる境内には、錦鯉がゆったりと泳ぎ、メジロなどの愛らしい野鳥も遊びに来ます。檀家さまはもちろん、いまも貴重な観音さまがおられる「大坂三十三観音廻り」の札所として、多くの方がお参りにみえるお寺です。

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